コラム


はじめに

 会合などで知り合いになったひとに「弁護士です」と自己紹介すると、一瞬の沈黙があり、 「そうですか。お世話にならないほうがいいのですが、また何かあったらよろしくお願いします」と言われることがあります。 「離婚のときはお願いします」「つかまったときはお願いします」などと笑いながらつけくわえる方もいます。 弁護士に関わりをもたないほうが幸せだとお考えの方が多いのでしょう。

 しかし、残念ながら、当分の間、法や法律家といったものがなくなることはないと思います。 かならずしも理性的でも人格的でもないヒトが、家族、社会、国家などの集団をつくって生活している以上、 結婚や相続、所有物に関する争い、犯罪や刑罰などさまざまな問題を避けることはできません。争いは、ヒトにとって 生物学的または人類学的な宿痾かもしれませんし、利害衝突の先にある調整による解決、さまざまな協働によって力を 引き出していく智恵は、ヒトが人であることの証なのかもしれません。

 弁護士として仕事をはじめてかれこれ11年経ちました。その間、さまざまな紛争や事件にかかわる中で考え つづけていることを、できるだけやわらかい肌触りのある言葉で、自由闊達に語りたいと思い、筆をとりました。 ただ、メディアや巷間に溢れているような言葉、たとえば、美しく整えられているけれども空虚な言葉、品のない 笑い声、「正義」を振りかざした責具のような言葉、欲望を煽動する言葉、真実を覆い隠すような言葉などは遠ざけるつもりです。

 なにがしかの結論を一方的に告げるのではなく、いま漠然と考えていること、未完成であるものを、過程そのままとして語りますから、 誤りや不十分な点はどうかご寛容ください。

 それでは、語りはじめたいと思います。
 軽妙かつ豊饒であることを理想として。

(2012年5月11日)

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