コラム


情と理の遠近法

 依頼者から、「大変なお仕事ですね。楽しいですか」と聞かれることがあります 。私たちの仕事は、紛争を解決することに関わります。弁護士にとっても、争いや諍いなどは けっして心楽しいものではありません。ドイツの哲学者ヤスパースは、人が争うことを、「壁のようなものであって、 われわれはそれにぶつかっては挫折するだけである」限界状況であると述べています(「哲学」)。争い(エリス)は、 労苦(ポノス)、悲歎(アルゴス)などを生み出すだけかもしれません(「神統記」)。

 紛争の渦中で、依頼者は、不安、焦燥感、相手方への憎しみや怒りなど負の状態に置かれていることが多いものです。 そこで、依頼者と対話を続けながら、事実関係を整理し、法的問題を抽出するとともに、一緒に問題解決に向かうことができるように働きかけます。 当事者が現実と向き合い、目標を再認識し、目標に向かって現実に働きかける意志をもつことができるように、 法の言語を示して、依頼者が法の言葉で現実を意味づけ、主体的に向き合う手助けをします。

 たしかに、弁護士は、法文や判例という過去につくられた抽象的な言語をもって、眼前の具体的な人間や紛争に向きあう面があります。 しかし、紛争は、過去の法文や判例を糊と鋏で切り貼りして解決できるものではありません。「戦場のざわめきから遠いところで、 古い書物のページをくって読みふける」だけでは問題解決には至りません(カフカ「新しい弁護士」)。明確で単純な解を求めることが 難しい不透明さや不安定さに堪えながら、紛争の中に入って、依頼者とともに汗を流すことも必要です。 弁護士も、依頼者や事件という現実と出会い、決断を積み重ねていく実践によって鍛えられていくのです。

 しかし、あまりに紛争に没入し、当事者と同じ地平に立ってしまうと、かえって冷静で柔軟な判断ができなくなることもあります。
 人情、事変、或は深看を做して之を処すれば、卻て失当の者有り。大抵軽看して区処すれば、肯綮に中る者少なからず(伊藤仁斎「言志後録」)。 人間の間に起こるもめごとや社会におこる事変は、余り深く考えすぎてこれを処置しようとすると、かえって、失敗することがあります。 大抵の場合は、軽くみて、あっさり処分すれば、それが急所をついている場合が少なくないのです(川上正光訳)。
 一歩引いて冷静に俯瞰できる視座を持つことや重いことをあえて軽く捌くといった感覚も重要です。第三者の立場だからこそできることもあるのです。

遠近法は、「繪畫」の手綱であり、舵である
(レオナルド・ダ・ヴィンチ)。

 依頼者に共感しながらも、怜悧に問題解決にあたる。情と理をあわせ持ち、多角的な視点を駆使して、広い地平を見渡すことによって 未来への展望を示す。依頼者が前向きに生活したり、安心して会社経営に打ち込んでもらえるように関わっていきたいと考えています。

(2013年11月3日)


〈参考文献〉
・カール・ヤスパース『哲学』 小倉志祥他訳 中央公論新社
・ヘシオドス『神統記』 廣川洋一訳 岩波文庫
・カフカ『カフカ寓話集』 池内紀編訳 岩波文庫
・中村雄二郎『臨床の知とは何か』 岩波新書
・佐藤一斎著『言志四録(二)言志後録』 川上正光全訳注
 講談社学術文庫
・『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』 杉浦明平訳 岩波文庫
・齋藤嘉則『問題解決プロフェッショナル「思考と技術」』
 ダイヤモンド社

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